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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和31年(ヨ)47号 判決

申請人 江崎松次

被申請人 安永鉱業株式会社

主文

申請人から被申請人に対して提起する解雇予告無効確認請求事件の本案判決確定に至るまで被申請人が昭和三十一年五月二十八日申請人に対してなした解雇予告の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として

一、被申請人は、石炭の採堀販売を業とする株式会社であるところ、申請人は昭和三十一年一月十一日附を以て被申請人会社の経営する京之上炭坑に礦員として採用され、一カ月間の試用期間を経て本採用になり同炭坑には同坑の礦員で組織する京之上炭坑労働組合があるので、右本採用になると同時に右組合の組合員になつたが、同年五月二十八日、被申請人から同年六月二十七日限り解雇する旨の告知を受けた。

二、昭和三十一年五月十五日頃から、前記京之上炭坑労働組合員の間に同組合を脱退して第二組合を作ろうとする動きが表面化し、申請人も脱退派の組合員から、右組合脱退を勧告されたことがあつた。しかし申請人は組合の分裂は好ましくないことだと思つて前記組合からの脱退運動には反対していた。その頃、分裂運動の裏面で被申請人会社の勤労係が策動しているにちがいないということは、組合員問の常識になつて居り、多くの組合員が密かに或は公然とそういうことを噂していた。たまたま、同年五月十九日午前零時三十分頃申請人が二番方の勤務を終えて寮に帰つてきたところ、寮生数名が脱退派の出した脱退理由書について雑談をしていた。即ち、前記組合の組合員である谷口安雄が脱退理由書の内容には反対だと云い、他の組合員が脱退理由書のどこに反対かという趣旨のことを述べていたので申請人は「勤労主任あたりが関係しているのではないか」という意味のことを云つてそのまま風呂に立つて行つた。申請人の右発言は、気心の知れた寮生同志の雑談的な世間話のなかでされたものであり、会社を誹謗するというような意図は全くなかつた。然るに被申請人会社は同年五月二十八日、申請人を勤労課に呼びつけ、申請人の右発言をとらえて会社を誹謗したので同年六月二十七日附で解雇する旨の通告をなしたものである。

三、しかしながら申請人に対する本件解雇の予告は左の理由によつて無効である。

(1)  京之上炭坑の礦員就業規則には使用者が礦員を解雇できる場合を制限的に列挙しているが、前記五月十九日の申請人の行為は右就業規則のいかなる解雇条項にも該当していない。したがつて本件解雇予告は就業規則の適用を誤つたもので無効である。

(2)  京之上炭坑礦員就業規則第八十九条には「表彰、懲戒は賞罰委員会に諮り之を行うものとする。賞罰委員会に関しては別に定める。」ということが規定され、右規定に基いて「京之上炭坑賞罰委員会規程」なるものが制定されている。右規程によると賞罰委員会は労使双方の代表者で構成され、必要の生じた都度開催され、出席委員の過半数の賛成で可否が議決され、賞罰委員会で決定した事項は必要に応じて炭坑内に公表されることになつている。これは従業員の懲戒に、組合側代表者を交えた賞罰委員会の公正な意思を反映させ、従業員を使用者の恣意的な懲戒処分から擁護しようとする目的で作られた制度であり、賞罰委員会に諮らない懲戒処分は懲戒事由の如何を問わず無効である。前記就業規則を検討すると、会社を誹謗するというような行為をとらえて従業員を解雇することは懲戒処分の場合以外には認められていないのであるから、本件解雇予告は、懲戒処分としてなされたものとしか考えられない。そうだとすると、賞罰委員会に諮らずになされた本件解雇予告は、懲戒事由の有無を問うまでもなく、この点だけからみても無効である。

四、申請人は被申請人を相手として解雇予告無効確認の本案訴訟を提起するよう準備中であるが、申請人の賃金のみで家族三名の生計を維持している申請人としては、本案判決を待つていては将来回復することのできない損害をこうむるおそれがあるので本案判決確定に至るまで、先づ本件解雇予告の効力停止を求めて、本件仮処分を申請したものである。

と陳述し、

五、被申請人の答弁に対して前記就業規則第十五条は労働者の行為とは関係のない会社側の事情による解雇の時、適用され、之に反して右就業規則の懲戒の項は解雇の原因が労働者側から生じた時適用されるものである。したがつて懲戒処分に対しては前記労働者の代表者が参加している賞罰委員会に諮らねばならない。本件解雇予告は、労働者側に原因があつた解雇であるから、それが懲戒に値するか否か、値するとすればどのような処分が相当かの点につき右賞罰委員会の意見を聞かねばならない事件である。従つて右就業規則第十五条の適用は誤りである。

と述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、申請人の主張事実中、申請理由一、の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二、京之上炭坑労働組合の内部においては分裂運動が行われ、第二組合組織活動があつていたようであるが、被申請人としては勿論之に対して中立的立場を堅持しているものであるところ、かかる時に当り、申請人は礦員の一部のものが作成した組合脱退理由書を指して何等根拠がないにも拘らず、「これは会社の勤労係か勤労主任が作成したものであろう」旨の真実に反することを放言し、会社及びその職制を誹謗し会社の名誉を傷けたものである。右申請人の言動は、これより先、被申請人が組合の運営に介入し又は支配している事を事由として日本炭鉱労働組合九州地方本部からも抗議的申入れを受けていた際に為されたものであつてかかる言動により被申請人の真意が誤り伝えられるおそれも起る。よつて被申請人は、会社の統制及び事業の運営と職場の秩序を維持するため被申請人会社京之上炭坑礦員就業規則第十五条第二号により業務の都合上、申請人に対して本件解雇の予告をなしたものであつて懲戒解雇をなしたものでない。

三、被申請人の礦員に対する人事権(解雇を含む)は本来被申請人に専属するものであるところ、被申請人の業務の都合による解雇の場合は、被申請人の業務の都合が、被解雇者の言動によつて惹起せられた場合であつても都合解雇をなす妨げにはならないのであつて、被申請人としては事業の運営の秩序等をはかる必要上、被申請人の業務の都合により本件解雇の予告をなしたものであり、申請人に対しての処罰を目的としたものでない。したがつて本件解雇は就業規則に反するものではなく、且つ不当労働行為ともならず、又権利の濫用にも当らないものである。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、申請理由一の事実は当事者間に争がない。

二、そこで、本件解雇の予告が被申請人会社京之上炭坑礦員就業規則第十五条第二号に違反してなされたものかどうかにつき検討する。成立に争のない疏甲第二号証によれば右就業規則第十五条は「礦員がその各号の一に該当する時は三十日前に予告して解雇する。但し平均賃金の支給日数に応じて短縮するか又は三十日の平均賃金を支給して解雇することがある」旨定められ、同条の第二号には「止むを得ない事業上の都合に依る時」と規定されている。右条項は、事業上の失敗のため事業を縮少し、従業員を整理することがやむをえなくなつた場合のようにその事由が労働者の帰責事由に関係なく、被申請人会社の事業運営上解雇がやむを得ないと認めうる場合のみならず、労働者の行為のため職場の秩序がみだされ、事業の運営に障碍をきたすおそれがあり、そのため解雇がやむをえないものと認めうる場合の如きも右条項にあたるものと解するのを相当とする。ところで成立に争のない疏甲第十一、十三号証、疏乙第一、六号証及び弁論の全趣旨を綜合すると、昭和三十一年五月十五日頃、京之上炭坑労働組合員の間に同組合を脱退して第二組合を作ろうとする動きが表面化していたこと。その頃、被申請人会社が右組合の運営に介入し又は支配していることを事由として日本炭坑労働組合九州地方本部から抗議的申入を受けていたこと。申請人は右組合からの脱退運動へは反対していたが、たまたま同年五月十八日午前零時三十分頃二番方の仕事を終えて寮に帰つてきたところ、右組合員である寮生数名が脱退派の出した脱退理由書について雑談していたので暫時その席に加わり、深く考えもせずに「この脱退理由書は被申請人会社の勤労係か勤労主任が考えたものであろう」旨のことを云つてそのまま入浴にたつて行つたことが一応認められる。しかしながらこれらの事情を以てさきに説明した前記就業規則第十五条第二号の規定により解雇をなしうる事由にあたらないと云わねばならない。そのほかには右事由に該当するような具体的事実の疏明がない。したがつて本件解雇の予告は被申請人が解雇事由として主張する前記就業規則第十五条第二号に該当する事実の疏明がないことに帰する。而して就業規則の解雇基準は規範的効力を有するものと解するを相当とし、解雇基準に該当しない事由を以てなした解雇はその効力を生じないものといわねばならない。

したがつて前記就業規則の解雇基準に違反してなされた本件解雇の予告は爾余の点につき判断するまでもなく無効と解するのほかはない。

三、当事者間に争のない疏乙第一号証によれば、本案判決の確定を待つていては申請人にとつて回復すべからざる損害を受けることが一応認められるので本案判決確定に至るまで、本件解雇の予告の効力を停止する必要性があること勿論である。よつて申請人の本件仮処分申請を認容し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古川初男 大野千里 柏原允)

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